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第二弾 朝木明代市議 創価学会の謀殺事件

名言集
「虚偽がまかり通る時代には、真実を語ることは革命的行為である」 
ジョージ・オーウェル  


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犯人逮捕へ1000万円懸賞金
平成20年8/24「政治と宗教を考える」シンポジュウム 
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主催者側
●せと弘幸氏 せと弘幸の「日本よ何処へ」
       NPO法人外国人犯罪追放運動最高顧問
●西村修平氏 主権回復を目指す会代表
●桜井誠氏   在日特権を許さない市民の会会長

パネラー
●東村山市会議員 朝木直子氏
●東村山市会議員 矢野穂積氏
●豊橋市会議員 寺本泰之(ひろゆき)氏

8/9平成20年8月24日「政治と宗教を考える」シンポジウム



会場から 那田 尚史(なだ ひさし)氏が 質問に立っています。

彼は、アンチ創価の巨頭なる人物であり、ニュースより先に、ヤイロ鳥の田辺氏より、
朝木明代議員が殺されたとの訃報を受け取った人物である

なぜ、ヤイロ鳥の田辺氏は、「朝木さんが殺された」と確信したのか

それなりの、ただならぬ いきさつがあったからである


朝木議員は、翌日、四国・高知市の市民団体「ヤイロ鳥」主催の

「宗教法人法と政治を考える」というシンポジウムに、パネラーとして招かれていた。


講演の前日、田辺さんに、殺人予告の脅迫電話がかかっていた。

「朝木を呼んだら 生かしては返さないぞ」

「五体満足で帰れるとは思うな」

・・・などであった

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http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/?08040806  せと広幸氏のブログ

http://homepage2.nifty.com/shukenkaifuku/  西村修平氏のブログ

http://ameblo.jp/doronpa01/entry-10131351483.html  桜井誠氏のブログ


http://www.higashimurayamasiminsinbun.com/ 東村山市民新聞

http://kensakurank.com/%E9%82%A3%E7%94%B0/%E9%82%A3%E7%94%B0%20%E5%B0%9A%E5%8F%B2.html

那田 尚史(なだ ひさし)検索順位Com


8/9平成20年8月24日「政治と宗教を考える」シンポジウム



尚、「政治と宗教を考える」全ビデオはこちらから

創価学会による人権侵害問題などに精力的に取り組んでいた朝木明代市議が、東村山駅のビル6階から転落して死亡したのは平成7年9月2日未明のこと。
しかし捜査を担当した東村山署は、「自殺」との広報を繰り返した挙げ句、平成7年12月に「犯罪性はない」として わずか3ヶ月で捜査を終了。東京地検も平成9年4月に「他殺の確証を得られなかった」として捜査を終結した。

ところが、 東京地検八王子支部で捜査に当たった信田昌男検事は、創価大学出身の創価学会幹部だった。さらに信田検事に事件の捜査を指示した東京地検八王子支部の吉村弘支部長検事も創価学会幹部だった(副会長の妹を妻にしている)事件後、半年を過ぎた平成8年春に判明

また、朝木市議は「万引き事件を苦にしての自殺」との大宣伝を繰り返し、機関紙「創価新報」に「警察.検察が自殺と断定」との大見出しをつけた記事を掲載。同紙を東村山市内で全戸配布するなど、一貫して朝木議員の名誉と遺族らの心情を踏みにじる熾烈な攻撃を繰り広げた。

だが、その朝木市議の転落死事件について、遺族らによる真相究明の努力の結果、事件は、「他殺」だったとの新事実が明らかになった。

朝木議員の長女である直子議員(現東村山市議)と、朝木明代議員の同僚だった矢野穂積東村山市議は、昨年11月に『東村山の闇 『女性市議転落死事件』8年目の真実』を上梓。その中で新事実を公表し、朝木明代市議の転落死が「謀殺」事件であると主張している。

また、ジャーナリストの乙骨正生も、『怪死』を出版、事件は「他殺」の可能性が高いことを指摘してきた 

自殺説には無理がある
ーーーーーーーーーー

●朝木議員は、転落死した翌日 高知で行われるシンポジウムにパネラーとして出席する予定だった。講演で発表するレジュメをパソコンに残したまま事務所を出て自殺する訳がない

●家族に遺書も書かないで自殺する訳がない

●朝木議員の靴が、いまだかって見つかっていない。

●目撃者が誰1人もいないとはおかしい。女性が、はだしで 人通りの多い駅前を歩いていたら、すぐに目立つはずだ。しかも、朝木議員は地元では有名人である。

●午後7時~9時までの間(同僚の矢野議員がいない時間帯)に、朝木議員は、何者かに拉致された。9時過ぎに戻ってきた矢野議員が、電話している所へ、朝木議員からキャッチホン電話が入った。「もし、もし、ちょっと 気分が悪いから 休んでから行きます」と。矢野議員は、「ハイ、わかりました」と返事して切った。

●朝木議員の 電話の声を日本音声研究所で解析した結果 頭にピストルを当てられているような 極限の興奮状態におかれた 緊張した声だったことが判った。 

数々の隠蔽工作ーーーーーーーー

●2006年2月5日午前6時半ころ、直子議員宅敷地内に、暴漢が侵入、「このやろう出て来い、ぶっ殺してやる」と叫びながら1階窓ガラスを蹴破って直子議員を襲おうとした。

12年前、母親の明代議員が自宅から拉致されビルから落とされ殺された事件が発生してから、防犯上、窓ガラスは、「強化ガラス」を入れてあったので、危うく難を逃れた。

近隣や直子議員の110番通報で、犯人は取り押さえられた。直子議員から切迫した携帯電話を受けて、現場に急行した矢野議員の話では 犯人は、メガネをかけた40才前後の男で、顔をみられるのを嫌がって、おとなしく神妙にしている様子で、とても酔っ払いには見えなかったと言っている。

現行犯で逮捕された犯人は書類送検され、約1月後に、東京地検が起訴猶予処分としている。

●一方 矢野議員も、また、真夜中、暴漢に襲われた。犯人は逮捕されたものの、警察は このような殺人未遂に匹敵する重大な暴力事件を書類送検するどころか 容疑者を簡単に釈放している。たった一枚のTシャツを万引きしたとの被害届けは書類送検するのに(しかも実害はないのに)、殺人未遂事件の犯人は釈放するとは、どう考えてもおかしい。(創価学会の圧力に屈してはいけない)

●須田刑事は 朝木議員が殺害される半年前に赴任してきた。また、朝木議員の万引き事件のときも、朝木議員がビルから落とされたときも、須田刑事が、決まって 日直だった 偶然のタイミングにしては、おかしい。須田刑事は共犯である可能性が大きい(謀殺計画の準備のため、買収した須田を配属した可能性)

●22:00朝木議員がビルから転落して、まだ意識があったとき、かけつけた須田刑事が「朝木じゃないか」と言った。なぜ、須田刑事は その時点で、遺族に、連絡しなかったのか 事件発生から3時間過ぎて 事の事情を知った遺族らは とうとう病院へも行けなかった。信じられない暴挙ですね。

搬送先の防衛医大の病院へ 待ちきれず 何度も 向かおうとした遺族らを、「行き違いになるかも」などと言って、署内で長時間 待たせたという。結局、遺族らが、ご遺体に対面したのは、棺に納められた 浴衣を着た朝木議員の姿だった。いつでも火葬OKの状態に整えられていた。

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冤罪だった「万引き」容疑ーーーーーーーーーーーー

1995年6月19日、東村山駅前の洋品店「スティル」で万引きをした女がいて、店を出たところで店主にとがめられて逃走。店主は犯人が朝木明代であるとして警察に被害届を提出

朝木議員転落死事件の約3カ月前 駅前の洋品店から1900円のTシャツを 朝木議員に 万引きされたとして戸塚節子店主(創価シンパ)が被害届けを出していた(実際には万引き被害はなかった)

洋品店の戸塚節子店主が供述する犯人が着ていたという服装と、万引きがあった当日の6月19日午後に、朝木議員が着ていた服が全く違うということが明らかになった。

万引き事件があった当日、朝木議員は、市役所で行われた建設水道委員会に出席 → 総務委員会を傍聴 → 午後2時10分前後に、東村山駅前にあった拓殖銀行東村山支店で入金の振り込みを行っており、その姿が防犯ビデオに撮影され、残されていた。

遺族らは 警察に再三にわたって 捜査報告に添付されている写真を証拠として提出するよう求めたが、警察は頑として写真を提出しなかった。

そこで遺族らは 拓殖銀行東村山支店にお願いをして、現場で再現写真を撮影。事件当日に朝木議員が着ていた服を着てもらい、同じ防犯ビデオで映像を撮影、それをスチール写真におとした。その写真は信田検事(創価幹部)から見せられた捜査報告に添付されている写真とソックリだった。

その写真を 法廷に証人として出廷した戸塚店主と東村山署の千葉英二(当時 副署長)に示して尋問した。

すると戸塚店主は、明確に「服装が違う」と証言。戸塚店主は洋品店の経営者であるため洋服には詳しいとした上で、ジャケットやブラウスの襟が違い、ジャケットにストライプは入っていなかったと詳細に証言した。

これに対して千葉英二(当時 副署長)は、出てきた第一声が「鮮明ですね」という言葉だった。その上で捜査報告書の写真と「似ている」と証言。捜査報告の写真の提出を断固、拒否していた千葉元副署長は出るはずもない写真が出てきたことに絶句した

この万引き事件には 戸塚店主以外に目撃者が3人いた。そのうちの一人であるSさんのことを警察はひた隠しにしていた。Sさんの目撃した犯人の服装は「黒っぽいスーツ姿」だったということであり、それは戸塚店主の供述を否定するものだったからである。

遺族らの独自の調査の結果、その目撃者がSさんであるということが特定でき。そこで、先の証人尋問の際、千葉元副署長に目撃者がSさんであることを指摘したところ、千葉元副署長は「どうしてSさんだとわかったのですか」と動揺を隠せなかった。

東京地裁は、「(鑑定等の)事実を総合すると、なお朝木議員が自殺したとの事実が真実であると認めるには足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない「朝木議員を万引き事件の犯人と断定するに足りない」との判決を下した。

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遺体に残されていた「争った跡」ーーーーーーーーーーーーーー

「救急隊に関する訴訟」においては、被告の東京都(検察)が「鑑定書」を証拠として提出してきた。その「鑑定書」は13ページからなり、その第三章の「創傷の部位・程度」の「説明」の項の中に問題の記載があった。それは次のような内容だった。

「左上腕部後面、肘頭部の上左方4センチメートルの部を中心に、2×2.5センチメートルの紫青色皮膚変色部。左上腕部内側下1/3の部に、上下に7センチメートル、幅3センチメートルの淡赤紫色及び淡赤褐色皮膚変色部。加割すると皮下出血を認める。

判りやすく説明すると、左右の上腕の各部に腕を強くつかんだり、争った時にできる皮下出血による皮膚変色の痕が残っていたということだ。法医学を専門とする医師は、「他者に強制的につかまれた指の跡」の疑いが濃く、「他殺」を推認させる重要な証拠になりうると述べた。

事件発生直後から「自殺」を主張していた東村山署は、警察OBの葬儀屋に指示して、朝木議員の遺体を家族に確認させることもせず 棺桶に入れ、さっさと火葬させてしまおうとしていた。

しかし遺族が強く抗議し、警察が解剖をしないのであれば、自費で任意解剖をするとの強い意志を示したことから、警察は検察官と打ち合わせた結果、ようやく「殺人被疑事件」として司法解剖を行った。

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「怪死」事件との関連性を窺わせる「二つの報道」  
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朝木明代議員が転落死してから ほぼ3ヵ月後 国会である「密会ビデオ」の噂が囁かれはじめた。その内容が、ジャーナリスト魚住昭氏の「野中広務と創価学会」と題するレポートで取り上げられている。(月刊現代2月号)ここではそのほんのさわりと、同レポートで取り上げられた「密会ビデオ」について触れていると思われる「国会タイムズ」平成9年5月5日号掲載の「噂のコラム」と題する報道記事


● ? 野中広務と創価学会 (月刊現代 平成旭年2月号)  魚住 昭

「住専国会で新進党切り崩しの材料になった『密会ビデオ』。その存在が永田町の一部でで密かに取りざたされるようになったのは、1995年12月ごろのことである。

当時、自民党の組織広報本部長として反学会キャンペーンの先頭に立っていた亀井が『命を狙われている』という噂が流れた。まもなくその噂を裏付けるように亀井付きのSPが増員され、亀井の車はつねに警視庁の警備車両二台にはさまれて移動する騒ぎになった。村上正邦の元側近が語る。

『騒ぎの発端は、藤井さんと後藤組長の密会ビデオでした。亀井さんが入手したそのビデオのなかで、藤井さんは反学会活動をしている亀井さんら四人の名前を挙げ「この人たちはためにならない」という意味のことを言ったというんです。

受け取りようでは後藤組長に四人への襲撃を依頼したという意味にもとれる。それで亀井さんと村上、警察関係者、弁護士、私も加わって対策会議が開かれたんです」

会議にはビデオの実物は出されなかったが、登場人物二人のやりとりを筆記した書面があった。その場の話ではビデオの映像はかなり画質が悪いうえに雑音が混じっていて声が聞き取りにくかったが、専門家に鑑定してもらった結果、登場人物は藤井と後藤にほぼ間違いないと分かったという」

ここに登場する「藤井さん」とは、当時、公明代表だった藤井富雄現公明党都議。そして「後藤組長」とは静岡県富士宮市に本部を置く山口組系後藤組の後藤忠正組長のこと。

また「村上正邦」とは、当時参議院自民党幹事長だった村上正邦氏である。後に藤井氏は「週刊現代」の取材に対し後藤組長とは懇意である旨、答えている。

● ?「国会タイムズ」平成9年5月5日号「噂のコラム」
「とんでもない情報が飛び込んで来た。名称は敢えて伏せるが、某団体幹部のF氏と"親密な関係"にあるA組組長との密会であった。

その内容とは、某団体を誹謗する『五人の暗殺計画』を、この組長に依頼していたとのことである。

暗殺者名は K、S、S氏の国会議員三人と、フリーライターのO氏。残り一人はすでに死亡首殺?)しているA氏。一人二十億円、計百億円を支払うとのことだった。

金額はともかく、約束のお金を団体幹部のF氏が支払わないため、怒った組長は、密会のとき隠しビデオで撮影していたテープを、公開するといってこの幹部を脅し続けたというのだ。

このため、某団体側は別のB組長に『五十億円支払うから話をつけてくれ』と泣きを入れたとされている。これに腹を立てたA組長は、国会議員のK氏にこのテープを差し出してしまったという。テープは隠し撮りのため極めて不鮮明だが、音声だけはハッキリしていた。

驚いた国会議員のK氏は真偽を確認するため、某団体幹部F氏と親交があるY氏に確認してもらったとされる。

このテープを警察庁に渡し 鑑定を依頼した結果、音声からは、会話する二人がF幹部とA組長の『声紋が一致している』との結果が得られたと伝えられている。 真偽は不明だが、何とも恐ろしい話だ。

「月刊現代」の記事は、藤井富雄公明党都議と後藤組長とされる人物の「密会ビデオ」があり、その中で藤井氏は反創価学会の立場にある人物らに対する襲撃依頼ともとれる発言をしていると報じて
いる。

そして「月刊現代」と同じ内容を匿名で報じていると思われる「国会タイムズ」では、具体的に襲撃対象者のイーーシャルを「K、S、S氏の国会議員三人と、フリーライターのO氏。残り一人はすでに死亡(自殺?)しているA氏と伝えている。

「月刊現代」によれば当時、反創価学会の急先鋒だった国会議員の亀井静香氏は、「命を狙われている」として警護を厳重にしたとのこと。当時、同じく反創価学会で名をはせていた国会議員には島村宜伸氏と白川勝彦氏がいた。反創価学会の立場にある「フリーライターのO氏」が誰のことを意味するのかは分からない。

あるいは本誌発行人の乙骨正生を指すのかもしれないが、平成7年12月以降で「すでに死亡(自殺?)しているA氏との表記に、平成7年9月に転落死し、自殺を取りざたされているイニシャルAである朝木明代議員が当てはまることは明らかである。

参考記事
http://www.asyura.com/sora/bd12/msg/694.html 
後藤組組長が創価学会に送った内容証明付郵便

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「怪死」事件との関連性を窺わせる「一つの投書」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

●2001年5月6日 「創価学会員より」と題する複数の出版社に郵送された匿名投書
この匿名の投書は、平成3年5月 複数の週刊誌や月刊誌の編集部に郵送されてきたもので、朝木明代議員の転落死事件と、転落死に先立って 朝木明代議員にかけられていた 万引き被疑事件に言及している。

内容は、自らを東村山市の近県で活動していた創価学会の青年部員であるとした上で、朝木明代市議に対する万引き被疑事件が起こった平成7年6月19日に、朝木明代議員によく似た女性を東村山の現場付近でピックアップしたというもので、事件は朝木明代議員に似た替え玉によるデッチ上げ事件だと書いている。

投書は、東村山に行く経緯から事件後の経過や心情の変化まで、詳細に記述されているが、以下、替え玉を迎えた部分のみ紹介しよう。

ーーーここからは投稿文

「6月19日の当日の朝11時頃、小池と16号沿いで待ち合わせをしたところ そこに車が停車していて 運転手は加代後半位の女性だった。小池は『あとは彼女が案内してくれるから、しっかりいうことを聞いて勉強してくるように』と結局自分は乗らないで別れてしまった。

若かったわたしも小池よりも女性と二人で東村山まで行けるのだからラッキーぐらいに思って、助手席に乗ったのである。木村と称する女性はしきりと時間を気にしていて、昼食は東村山に着いてからということになった。

東村山市に入ったのは14時位でラーメン屋で食事をとると『もう一人勉強会に参加する部員がいるので迎えに行く』といい、イトーヨーカドー付近の花屋の前でハザードを出してしばらく待っていた。

20分も待たされただろうか15時を10分以上まわっていたと思うが、突然中年のおばさんがものすごい勢いで後ろの座席に乗り込んできたので びっくりした私は思わず『うわ!』と声をあげると木村は急ハンドルを切って猛スピードで走り出したのである

おばさんは息切れしていたが、唖然とした私はわけのわからないままでしばらく走り続け、二人とも一言も口をきかず実にいやな雰囲気だった。そのときの私はパニック状態で勉強会のことなど頭にはなかった。

新座に入って停車すると木村は『私はここで降りるので彼女を流山まで送って行って欲しい』と言うし、名前も知らないおばさんは『道は私が教えるから、同じ学会員だからいいでしょ』と半ば笑いながら言う。流山は帰り道の途中だし、同じ学会員だからといわれると不思議と抵抗感もなかったので引き受けた。

こうしておばさんを後部座席に乗せたまま、南流山駅に着いた。そこでびっくりしたのは、あの小池が待っていたからだ。『勉強会なんかやらなかったけど?』ときくと小池は『向こうの都合が悪くなって急に中止になった。すまんが君はここから電車で帰ってくれ、車は私が預かる。ご苦労さん』と言う。

勉強会というから月曜日なのにわざわざ会社を休んで一日つぶされて納得がいかなかったので「どうも意味がわからない。あちこち振り回されて・・・」といいかけると

小池は「すまん、これ以上何も聞くな、いいな」と大きい声を出したので、相手は中央の役員だし、何だか少し不安になった私は急いで帰ることにした。

例のおばさんと小池は車のそばでなにやら話していたが、その後この三人(小池、木村、おばさん)とは二度と会うことはなかった」

以上が投稿文

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投書では、このおばさんは朝木明代議員にとてもよく似ていたとしている。
もとより、この投書は、冒頭に記したように発信元も名前も不明の「怪文書」であり、本当に創価学会員であるのかどうも含めて、内容の真偽は不明である。

ただ、潮出版社(創価学会の外郭出版社)に対する 朝木直子議員らの名誉毀損に基づく損害賠償請求訴訟の審理の過程で、洋品店主が 供述している万引き犯人の服装と、当日、朝木明代議員が着ていた服装が異なることが明らかになっており、遺族らは、以前から替え玉による犯行なのではないかとの見方があった。

以上 下記HPより一部抜粋

http://www.geocities.jp/higashimurayamasiminsinbun/page177.html 


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怪文書の発信者(投稿した学会員が危ない 氏名公開せよ


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